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xiaoxiao的 心愿

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日志

 
 
关于我

我喜欢暗蓝色天空里的星星 喜欢 白色雪地里 吃冰淇淋的感觉 喜欢在毛毛细雨里 漫步看着头上的绿枝 喜欢把自己用冷漠伪装 看不到那双黑色的眼睛 和满眼的泪珠 一张白皙的脸

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雪国 (4)  

2010-08-11 13:13:04|  分类: 文著 |  标签: |举报 |字号 订阅

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「六月。もしかしたら私、今頃は浜松へ行ってか知れないのよ」

   「世帯を持って?」

   駒子はうなずいた。浜松の男に結婚してくれと追い廻されたが、どうしても男が好きになれないで、ずいぶん迷ったと言った。

   「好きでないものを、なにも迷うことじゃないか」

   「そうはいかないわ」

   「結婚て、そんな力があるかな」

   「いやらしい。そうじゃないけれど、私は身のまわりがきちんとかだづいてないと、いられないの」

   「うん」

   「あんた、いい加減な人ね」

   「だけど、その浜松の人となにかあったのかい」

   「あれば迷うことないじゃないの」と、駒子は言い放って、

   「でも、お前がこの土地にいる間は、誰とも結婚させない。どんなことしても邪魔してやるって言ったわよ」

   「浜松のような遠くにいてね。君はそんなことを気にしてるの」

   駒子はしばらく黙って、自分の体の温かさを味わうような風にじっと横たわっていたが、ふいとなにげなく、

   「私は妊娠していると思ってたのよ。ふふ、今考えるとおかしくって、ふふふ」と、含み笑いしながら、くっと身をすくめると、両の握り拳で島村の襟を子供みたいに摑んだ。

   閉じ合わした濃い睫毛がまた、黒い目を半ば開いているように見えた。

 

   翌る朝、島村が目を覚ますと、駒子はもう火鉢へ肩肘突いて古雑誌の裏に落書していたが、

   「ねえ、帰れないわ。女中さんが火を入れに来て、みっともない、驚いて飛び起きたら、もう障子に日があたってるんですもの。昨夜酔ってたから、とろとろと眠っちゃったらしいわ」

   「幾時」

   「もう八時」

   「お湯へ行こうか」と、島村は起上った。

   「いや、廊下で人に会うから」と、まるでおとなしい女になってしまって、島村が湯から帰ったときは、手拭を器用にかぶって、かいがいしく部屋の掃除をしていた。

   机の足や火鉢の縁まで癇症に拭いて、灰を掻きならすのがもの馴れた様子であった。

   島村が火燵へ足を入れたままごろごろして煙草の灰を落すと、それを駒子はハンカチでそっと抜き取っては、灰皿を持って来た。島村は朝らしく笑い出した。駒子も笑った。

   「君が家を持ったら、亭主は叱られ通しだね」

   「なにも叱りゃしないじゃないの。洗濯するものまで、きちんと畳んでおくって、よく笑われるけれど、性分ね」

   「箪笥のなかをみれば、その女の性質が分かるって言うよ」

   部屋いっぱいの朝日に温まって飯を食いながら、

   「いいお天気。早く帰って、お稽古をすればよかったわ。こんな日は音がちがう」

   駒子は澄み深まった空を見上げた。

   遠い山々は雪が煙る見えるような柔らかい乳色につつまれていた。

   島村は按摩の言葉を思い合わせて、ここで稽古をすればいいと言うと。駒子はすぐに立上って、着替えといっしょに長唄の本を届けるように家へ電話をかけた。

   昼間見たあの家に電話があるのかと思うと、また島村の頭には葉子の眼が浮んできて、

   「あの娘さんが持って来るの?」

   「そうかもしれないわ」

   「君はあの、息子さんのいいなずけだって?」

   「あら。いつそんなことを聞いたの」

   「昨日」

   「おかしな人。聞いたら聞いたで、なぜ昨日そう言わなかったの」と、しかし今度は昨日昼間とちがって、駒子は清潔に微笑んでいた。

   「君を軽蔑してなければ、言いにくいさ」

   「心にもないこと。東京の人は嘘つきだから嫌い」

   「それ、僕が言い出せば、話をそらすじゃないか」

   「そらしゃしないわ。それで、あんたそれをほんとうにしたの?」

   「ほんとうにした」

   「またあんた嘘言うわ。ほんとうにしないくせして」

   「そりゃ、のみこめない気はしたさ。だけど、君がいいなずけのために芸者になって、療養費を稼いでいると言うんだからね」

   「いやらしい、そんな新派芝居みたいなこと。いいなずけは嘘よ。そう思ってる人が多いらしいわ。別に誰のために芸者になったってわけじゃないけれど、するだけのことはしなければいけないわ」

   「謎みたいなことばかり言ってる」

   「はっきり言いますわ。お師匠さんがね、息子さんと私といっしょになればいいと、思った時があったかもしれないの。心のなかだけのことで、口には一度も出しゃしませんけれどね。そういうお師匠さんの心のうちは、息子さんも私も薄々知ってたの。だけど、二人は別になんでもなかった。ただすれだけ」

   「幼馴染だね」

   「ええ、でも、別れ別れに暮して来たのよ。東京へ売られて行く時、あの人がたった一人見送ってくれた。一番古い日記の一番初めに、そのことが書いてあるわ」

   「二人ともその港町にいたら、今頃は一緒になってたかもしれないね」

   「そんなことはないと思うわ」

   「そうかねえ」

   「人のこと心配しなくてもいいわよ。もうじき死ぬから」

    「それによそへ泊るのなんかよくないね」

   「あんた、そんなこと言うのがよくないのよ。私の好きなようにするのを、死んで行く人がどうして止められるの?」

   島村は返す言葉がなかった。

   しかし、駒子がやはり葉子のことに一言も触れないのは、なぜであろうか。

   また葉子にしても、汽車の中でまで幼い母のように、我を忘れてあんなにいたわりながらつれて帰った男のなにかである駒子のところへ、朝になって着替えを持って来るのは、どういう思いであろうか。

   島村が彼らしく遠い空想をしていると、

   「駒ちゃん、駒ちゃん」と、低くても澄み通る、あの葉子の美しい呼び声が聞えた。

   「はい、ご苦労さま」と、駒子は次の間の三畳へ立って行って、

   「葉子さんが来てくれたの?まあ、こんなにみんな、重かったのに」

   葉子は三の糸を指ではじき切って附け替えてから、調子を合わせた。その間にもう彼女の音の冴えは分かったが、火燵の上に嵩張った風呂敷包を開いてみると、普通の稽古本の外に、杵屋弥七の文化三味線譜が二十冊ばかり入っていたので、島村は意外そうに手に取って、

   「こんなもので稽古したの?」

   「だって、ここにはお師匠さんがないんでうもの。しかたがないわ」

   「うちにいるじゃないか」

   「中風ですわ」

   「中風だって、口で」

   「その口もきけなかったの。まだ踊は、動く方の左手で直せるけりど、三味線は耳がうるさくなるばっかり」

   「これで分かるのかね」

   「よく分かるわ」

   「素人ならとにかく芸者が、遠い山のなかで、殊勝な稽古をしてるんだから、音譜屋さんも喜ぶだろう」

   「お酌は踊が主だし、それからも東京で稽古させてもらったのは、踊だったの。三味線はほんの少しうろ覚えですもの、忘れたらもう浚ってくれる人もなし、音譜が頼りですわ」

   「唄は?」

   「いや、唄は。そう、踊の稽古の時に聞き馴れたのは、どうにかいいけれど、新しいのはラジオや、それからどこかで聞き覚えて、でもどうだか分からないわ。我流が入ってて、きっとおかしいでしょう。それに馴染みの人の前では、声が出ないの。知らない人だと、大きな声で歌えるけれど」と、少しはにかんでから、唄を待つ風に、さあと身構えして、島村の顔を見つめた。

   島村ははっと気押された。

   彼は東京の下町育ちで、幼い時から歌舞伎や日本踊になじむうちに長唄の文句くらいは覚え、自ずと耳慣れているが、自分で習いはしなかった。長唄といえばすぐ踊の舞台が思い浮び、芸者の座敷を思い出さぬという風である。

   「いやだわ。一番肩の張るお客さま」と、駒子はちらっと下唇を噛んだが、三味線を膝に構えると、それでもう別の人になるのか、素直に稽古本を開いて、

   「この秋、譜で稽古したのね」

   勧進帳であった。

   たちまち島村は頬から鳥肌立ちそうに涼しくなって、腹まで澄み通って来た。たわいなく空にされた頭のなかいっぱいに、三味線の音が鳴り渡った。全く彼は驚いてしまったと言うよりも叩きのめされてしまったのである。敬虔の念に打たれた、悔恨の思いに洗われた。自分はただもう無力であって、駒子の力に思いのまま押し流されるのを快いと身を捨てて浮ぶよりしかたがなかった。

   十九や二十の田舎芸者の三味線なんか高が知れてるはずだ、お座敷だのにまるで舞台のように弾いてるじゃないか、おれ自身の山の感傷に過ぎんなどと、島村は思ってみようとしたし、駒子はわざと文句を棒読みしたり、ここはゆっくり、ここはゆっくり、ここはめんどくさいといって飛ばしたりしたが、だんだん憑かれたように子wも高まって来ると、撥の音がどままで強く冴えるのかと、島村はこわくなって、虚勢を張るように肘枕で転がった。

   勧進帳が終わると島村はほっとして、ああ、この女はおれに惚れているのだと思ったが、それがまた情なかった。

   「こんな日は音がちがう」と、雪の晴天を見上げて、駒子が言っただけのことはあった。空気がちがうのである。劇場の壁もなければ、聴衆もなければ、都会の塵埃もなければ、音はただ純粋な冬の朝に澄み通って遠くの雪の山々まで真直ぐに響いて行った。

   いつも山峡の大きい自然を、自らは知らぬながら相手として孤独に稽古するのが、彼女の習わしであったゆえ、撥の強大なるは自然である。その孤独は哀愁を踏み破って、野性の意力を宿していた。幾分下地があるとは言え、複雑な曲を音譜で独習し、譜を離れて弾きかなせるまでには、強い意志の努力が重なっているにちがいない。

   島村には虚しい徒労とも思われる、遠い憧憬とも哀れまれる、駒子の生き方が、彼女自身への価値で、凛と撥の音に溢れ出るのであろう。

   細かい手の器用なさばき耳に覚えていず、ただ音の感情が分る程度の島村は、駒子にはちょうどよい聞き手なのであろう。

   三曲目に都鳥を弾きはじめた頃は、その曲の艶な柔らかさのせいもあって、島村はもう鳥肌立つような思いは消え、温かく安らいで、駒子の顔を見つめた。そうするとしみじみ肉体の親しみが感じられた。

   細く高い鼻は少し寂しいはずだけれども、頬が生き生きと上気しているので、私はここにいますという囁きのように見えた。あの美しく血の滑らかな唇は、小さくつぼめた時も、そこに映る光をぬめぬめ動かしているようで、そのくせ唄につれて大きく開いても、また可憐にすぐ縮まるという風に、彼女の体の魅力そっくりであった。下がり気味の眉の下に、目尻が上りもせず、下りもせず、わざと真直ぐ描いたような眼は、今は濡れ輝いて、幼げだった。白粉はなく、都会の水商売で透き通ったところへ、山の色が染めたとでもいう、百合か玉葱みたいな球根を剥いた新しさの皮膚は、首までほんのり血の色が上っていて、なによりも清潔だった。

   しゃんと坐り構えているのだが、いつになく娘じみて見えた。

   最後に、今稽古中のを言って、譜を見ながら新曲浦島を弾いてから、駒子は黙って撥を糸のしたに挟むと、体を崩した。

   急に色気がこぼれて来た。

   島村はなんとも言えなかったが、駒子も島村の批評を気にする風はさなになく、素直に楽しげだった。

   「君はここの芸者の三味線を聞いただけで、誰だか皆分るかね」

   「そりゃ分りますわ、二十人足らずですもの。都々逸がよく分るわね、一番その人の癖が出るから」

   そしてまた三味線を拾い上げると、右足を折ったままずらせて、そのふくらはぎに三味線の胴を載せ、腰は左に崩しながら、体は右に傾けて、

   「小さい時こうして習ったわ」と、棹を覗き込むと、

   「く、ろ、かあ、みい、の……」と、幼げに歌って、ぼつんぼつん鳴らした。

   「黒髪を最初に習ったの?」

   「ううん」と、駒子はその小さい時のように、かぶりを振った。

 

   それからは泊ることがあっても、駒子はもう強いて夜明け前に帰ろうとはしなくなった。 

   「駒子チャン」と、尻上がりに廊下の遠くから呼ぶ、宿の女の子を火燵へ抱き入れて余念なく遊んでは、正午近くにその三つの子と湯殿へ行ったりした。

   湯上りの髪に櫛を入れてやりながら、

   「この子は芸者さえ見れば、駒子ちゃんって尻上りに呼ぶの。写真でも、絵でも、日本髪だと、駒子ちゃん、だって。私子供好きだから、よく分るんだわ。きみちゃん、駒子ちゃんの家へ遊びに行こうね」と、立上ったが、また廊下の籐椅子へのどこに落ちついて、

   「東京のあわて者だわ。もう辷ってるわ」

   山麓のスキイ場を真横から南に見晴せる高みに、この部屋はあった。

   島村も火燵から振り向いてみると、スロオプは雪が斑なので、五六人の黒いスキイ服がずっと裾の方の畑の中で辷っていた。その段々の畑の畦は、まだ雪に隠れぬし、あまり傾斜もないから一向たわいがなかった。

   「学生らしいね。日曜かしら。あんなことで面白いかね」

   「でも、あれはいい姿勢で辷ってるんですわ」と、駒子はひとりごとのように、

   「スキイ場で芸者に挨拶されると、おや、君かいって、お客さんは驚くんですって。真黒に雪焼けしてるから分らないの。夜はお化粧してるでしょう」

   「やっぱりスキイ服を着て」

   「山袴。ああ厭だ、厭だ、お座敷でね、では明日またスキイ場でってことに、もうすぐなるのね。今年は辷るの止そうかしら。さようなら。さあ、きみちゃん行こうよ。今夜に雪だわ。雪の降る前の晩は冷えるんですよ」

   島村は駒子の立った後の籐椅子に坐っていると、スキイ場のはずれの坂道に、きみ子の手を引いて帰る駒子が見えた。

   雲が出て、陰になる山やまだ日光を受けている山が重なり合い、その陰日向がまた刻々に変わって行くのは、薄寒い眺めであったが、やがてスキイ場もゆうっと陰って来た。窓の下に目を落すと、枯れた菊のまがきには寒天のような霜柱が立っていた。しかし、屋根の雪の解ける樋の音は絶え間なかった。

   その夜は雪でなく、霰の後は雨になった。

   帰る前の月の冴えた夜、空気がきびしく冷えてから島村はもう一度駒子を呼ぶと、十一時近くだのに彼女は散歩をしようといって聞かなかった。なにか荒々しく彼を火燵から抱き上げて、無理に連れ出した。

   道は凍っていた。村は寒気の底へ寝静まっていた。駒子は裾をからげて帯に挟んだ。月はまるで青い氷のなかの刃のように済み出ていた。

   「駅まで行くのよ」

   「気ちがい。往復一里もある」

   「あんたもう東京へ帰るんでしょう。駅を見に行くの」

   島村は肩から腿まで寒さに痺れた。

   部屋へ戻ると急に駒子はしょんぼりして、火燵に深く両腕を入れてうなだれながら、いつになく湯にも入らなかった。

   火燵蒲団はそのままに、つまり掛蒲団がそれと重なり、敷蒲団の裾が堀火燵の縁へ届くように、寝床が一つ敷いてあるのだが、駒子は横から火燵にあたって、じっとうなだれていた。

   「どうしたんだ」

   「帰るの」

   「馬鹿言え」

   「いいから、あんたお休みなさい。私はこうしてたいから」

   「どうして帰るんだ」

   「帰らないわ。夜が明けるまでここにいるわ」

   「つまらん、意地悪するなよ」

   「意地悪なんかしないわ。意地悪なんかしやしないわ」

   「じゃあ」

   「ううん、難儀なの」

   「なあんだ、そんなこと。ちっともかまいやしな」と、島村は笑い出して、

   「どうもしやしないよ」

   「いや」

   「それに馬鹿だね、あんな乱暴に歩いて」

   「帰るの」

   「帰らなくてもいいよ」

   「つらいわ。あんたもう東京へ帰らんなさい。つらいわ」と、駒子は火燵の上にそっと顔を伏せた。

   つらいとは、旅の人に深填りしてゆきそうな心細さであろうか。またはこういう時に、じっとこらえるやるせなさであろうか。女の心はそんなにまで来ているのかと、島村はしばらく黙り込んだ。

   「もう帰んなさい」

   「実は明日帰ろうかと思っている」

   「あら、どうして帰るの?」と、駒子は目が覚めたように顔を起した。

   「いつまでいたって、君をどうしてあげることも、僕には出来ないんじゃないか」

   ほうっと島村を見つめていたかと思うと、突然激しい口調で、

   「それがいけないのよ。あんた、それがいけないのよ」と、じれったそうに立上って来て、いきなり島村の首に縋りついて取り乱しながら、

   「あんた、そんなこと言うのがいけないのよ。起きなさい。起きなさい。起きなさいってば」と、口走りつつ自分が倒れて、物狂わしさに体のことも忘れてしまった。

   それから温かく潤んだ目を開くと、

   「ほんとうに明日帰りなさいね」と、静かに言って、髪の毛を拾った。

   島村は次の日の午後三時で立つことにして、服に着替えている時に、宿の番頭が駒子をそっと廊下へ呼び出した。そうね、十一時間くらいにしておいてちょうだいと駒子の返事が聞えた。十六、七時間はあまり長過ぎると、番頭が思ってのことかも知れない。

   勘定書を見ると、朝の五時に帰ったのは五時まで、翌日の十二時に帰ったのは十二時まで、すべて時間勘定になっていた。

   駒子はコオトに白い襟巻をして、駅まで見送って来た。

   またたびの実の漬物やなめこの缶詰など、時間つぶしに土産物を買っても、まだ二十分も余っているので、駅前の小高い広場を歩きながら、四方雪の山の狭い土地だなあと眺めていると、駒子の髪の黒過ぎるのが、日陰の山峡の侘しさのためにかえってみじめに見えた。

   遠く川下の山腹に、どうしたのか一箇処、薄日の射したところがあった。

   「僕が来てから、雪が大分消えたじゃないか」

   「でも二日降れば、すぐ六尺は積るわ。それが続くと、あの電信柱の電灯が雪のなかになってしまうわ。あんたのことなんか考えて歩いてたら、電線に首をひっかけて怪我するわ」

   「そんなに積るの」

   「この先の町の中学ではね、大雪の朝は、寄宿舎の二階の窓から、裸で雪へ飛びこむんですって。体が雪のなかへすっぽっと沈んでしまって見えなくなるの。そうして水泳みたいに、雪の底を泳ぎ歩くんですって。あすこにもラッセルがいるわ」

   「雪見に来たいが正月は宿がこむだろうね。汽車は雪崩に埋もれやしないか」

   「あんた贅沢な人ねえ。そういう暮しばかりしてるの?」と、駒子は島村の顔を見ていたが、

   「どうして髭を伸ばしにならないの」

   「うん。伸ばそうと思ってる」と、青々と濃い剃刀のあとをなでながら、自分の口の端には一筋みごとな皺が通っていて、柔らかい頬をきりっと見せる、駒子もそのために買いかぶっているかもしれないと思ったが、

   「君はなんだね、いつでも白粉を落すと、今剃刀をあてたばかりという顔だね」

   「気持の悪い鳥が鳴いてる。どこで鳴いてる。寒いわ」と、駒子は空を見上げて、両肘で胸脇を抑えた。

   「待合室のストオヴにあたろうか」

   その時、街道から停車場へ折れる広い道を、あわただしく駆けて来るのは葉子の山袴だった。

   「ああっ、駒ちゃん、行男さんが、駒ちゃん」と、葉子は息切れしながら、ちょうど恐ろしいものを逃れた子供が母親に縋りつくみたいに、駒子の肩を摑んで、

   「早く帰って、様子が変よ、早く」

   駒子は肩の痛さをこらえるかのように目をつぶると、さっと顔色がなくなったが、思いがげなくはっきりぶりを振った。

   「お客さまを送ってるんだから、私帰れないわ」

   島村は驚いて、

   「見送りなんて、そんなものいいから」

   「よくないわ。あんたもう二度と来るか来ないか、私には分りゃしない」

   「来るよ、来るよ」

   葉子はそんなことなにも聞えぬ風で、急き込みながら、

   「今ね、宿へ電話をかけたの、駅だって言うから、飛んで来た。行男さんが呼んでる」と、駒子を引っぱるのに、駒子はじっとこらえていたが、急に振り払って、

   「いやよ」

   そのとたん、二、三歩よろめいたのは駒子の方であった。そして、げえっと吐気を催したが、口からはなにも出ず、目の縁が湿って、頬が鳥肌立った。

   葉子は呆然としゃちこ張って、駒子を見つめていた。しかし顔つきはあまりに真剣なので、怒っているのか、驚いているのか、悲しんでいるのか、それが現れず、なにか仮面じみて、ひどく単純に見えた。

   その顔のまま振り向くと、いきなり島村の手を摑んで、

   「ねえ、すみません。この人を帰して下さい」と、ひたむきな高調子で責め縋って来た。

   「ええ、帰します」と、島村は大きな声を出した。

   「早く帰れよ、馬鹿」

   「あんた、なにを言うことあって」と、駒子は島村に言いながら彼女の手は葉子を島村から押し退けていた。

   島村は駅前の自動車を指さそうとすると、葉子に力いっぱい摑まれていた手先が痺れたけれども、

   「あの車で、今すぐ帰しますから、とにかくあんたは先にいってたらいいでしょう。っこでそんな、人が見ますよ」

   葉子はこくりとうなずくと、

   「早くね、早くね」と、言うなり後向いて走り出したのは嘘みたいにあっけなかったが、遠ざかる後姿を見送っていると、なぜまたあの娘はいつもああ真剣な様子なのだろうと、この場にあるまじい不審が島村の心を掠めた。

   葉子の悲しいほど美しい声は、どこか雪の山から今にも木魂して来そうに、島村の耳に残っていた。

   「どこへ行く」と、駒子は島村が自動車の運伝手を見つけに行こうとするのを引き戻して、

   「いや。私は帰らないわよ」

   ふっと島村は駒子に肉体的な憎悪を感じた。

   「君達三人の間に、どういう事情があるかしらんが、息子さんは今死ぬかもしれんのだろう。それで会いたがって、呼びに来たんじゃないか。素直に帰ってやれ。一生後悔するよ。こう言ってるうちにも、息が絶えたらどうする強情張らないでさらりと水に流せ」

   「ちがう。あんた誤解しているわ」

   「君が東京へ売られて行く時、ただ一人見送ってくれた人じゃないか。一番古い日記の、一番初めに書いてある、その人の最後を見送らんという法があるか。その人の命の一番終りのぺエジに、君を書きに行くんだ」

   「いや、人の死ぬの見るなんか」

   それは冷たい薄情とも、あまりに熱い愛情とも聞えるので、島村は迷っていると、

   「日記なんかもうつけられない。焼いてしまう」と、駒子は呟くうちになぜか頬が染まって来て、

   「ねえ、あんた素直な人ね。素直な人なら、私の日記をすっかり送ってあげてもいいわ。あんた私を笑わないわね。あんた素直な人だと思うけれど」

   島村はわけ分らぬ感動に打たれて、そうだ、自分ほど素直な人間はないのだという気がして来ると、もう駒子に強いて帰れとは言わなかった。駒子も黙ってしまった。

   宿屋の出張所から番頭が出て来て、改札を知らせた。

   陰気な冬支度の土地の人が四、五人、黙って乗り降りしただけであった。

   「フォウムへは入らないわ。さろなら」と、駒子は待会室の窓のなかに立っていた。窓のガラス戸はしまっていた。それは汽車のなかから眺めると、うらぶれた寒村の果物屋の煤けたガラス箱に、不思議な果物がただ一つ置き忘れられたようであった。

   汽車が動くとすぐ待会室のガラスが光って、駒子の顔はその光のなかにぽっと燃え浮ぶかと見る間に消えてしまったが、それはあの朝雪の鏡の時と同じに真赤な頬であった。またしても島村にとっては、現実というものとの別れ際の色であった。

   国境の山を北から登って、長いトンネルを通り抜けてみると、冬の午後の薄光りはその地中の闇へ吸い取られてしまったかのように、股古ぼけた汽車は明るい殻をトンネルに脱ぎ落して来たかのように、もう峰と峰との重なりの間から暮色の立ちはじめる山峡を下って行くのだった。こちら側にはまだ雪がなかった。

   流れに沿うてやがて広野に出ると、頂上は面白く切り刻んだようで、そこからゆるやかに美しい斜線が遠い裾まで伸びている山の端に月が色づいた。野末にただ一つの眺めである。その山の全き姿を浅い夕映えの空がくっきりと濃深縹色に描き出した。月はもう白くはないけれども、まだ薄色で冬の夜の冷たい冴えはなかった。鳥一羽飛ばぬ空であった。山の裾野が遮るものもなく左右に広々と延びて、河岸へ届こうとするところに、水力電気らしい建物が真白に立っていた。それは冬枯の車窓に暮れ残るものであった。

 

   しかし、地蔵の裏の低い木陰から、不意に葉子の胸が浮び上った。彼女もとっさに仮面じみた例の真剣な顔をして、刺すように燃える目でこちらを見た。島村はこくんとおじぎをするとそのまま立ち止った。

   「葉子さん早いのね。髪結いさんへ私……」と、駒子が言いかかった時だった。どっと真黒な突風に吹き飛ばさてたように、彼女も島村も身を竦めた。

   貨物列車が轟然と真近を通ったのだ。

   「姉さあん」と、呼ぶ声が、その荒々しい響きのなかを流れて来た。黒い貨物の扉から、少年が帽子を振っていた。

   「佐ー郎う、佐ー郎う」と、葉子が呼んだ。

   雪の信号所で駅長を呼んだ、あの声である。聞こえもせぬ遠い船の人を呼ぶよりな、悲しいほど美しい声であった。

   貨物列車が通ってしまうと、目隠しを取ったように、線路向うの蕎麦の花が鮮やかに見えた。赤い茎の上に咲き揃って実に静かであった。

   思いがけなく葉子に会ったので、二人は汽車の来るのも気がつかなかったほどだったが、そのようななにかも、貨物列車が吹き払って行ってしまった。

   そして後には、車輪の音よりも葉子の声の余韻が残っていそうだった。純潔な愛情の木魂が返って来そうだった。

   葉子は汽車を見送って、

   「弟が乗っていたから、駅へ行ってみようかしら」

   「だって、汽車は駅に待ってやしないわ」と、駒子が笑った。

   「そうね」

   「私ね、行男さんのお墓参りはしないことよ」

   葉子はうなずいて、ちょっとためらっていたが、墓の前にしゃがんで手を合わせた。

   駒子は突っ立ったままであった。

   島村は目をそらして地蔵を見た。長い顔の三面で、胸で合掌した一組の腕のはかに、右と左に二本ずつの手があった。

   「髪を結うのよ」と、駒子は葉子に言って、畦道を村の方へ行った。

   土地の言葉でハッテという、樹木の幹から幹へ、竹や木の棒を物干竿のような工合に幾段も結びつけて、稲を懸けて干す、そして稲の高い屏風を立てたように見えるのだが――島村達が通る路ばたにも、百姓がそのハッテを作っていた。

   山袴の腰をひょいと捻って、娘が稲の束を投げ上げると、高くのぼった男が器用に受け取って扱くように振り分けては、竿に懸けていった。物慣れて無心の動きが調子よく繰り返されていた。

   ハッテの垂れ穂を、貴いものの目方を計るように駒子は掌に受けて、ゆさゆさ揺り上げながら、

   「いい実り、触っても気持のいい稲だわ。去年とは大変なちがいだわ」と、稲の感触を楽しむように芽を細めた。その上の空低く群雀が乱れ飛んだ。

   「田植人夫賃金協定。九十銭、ー日賃金賄附。女人夫は右の六分」というような古い貼紙が道端の壁に残っていた。

   葉子の家にもハッテがった。街道から少し凹んだ畑の奥に建っているのだが、その庭の左手、隣家の白壁沿いの柿の並木に、高いハッテが組んであった。そしてまた畑と庭との境にも、つまり柿の木のハッテとは直角に、やはりハッテで、その稲の下をくぐる入口が片端出来ていた。莚ならぬ稲で、ちょうど小屋掛けしたようである。畑は闌れたダリやと薔薇の手前に里芋が逞しい葉を拡げていた。緋鯉の蓮池はハッテの向うで見えない。

   去年駒子がいたあの蚕の部屋の窓も隠れていた。

   葉子は怒ったように頭を下げると、稲穂の入口を帰って行った。

   「この家に一人でいるのかい」と、島村はその少し前屈みの後姿を見送っていたが、

   「そうでもないでしょう」と、駒子は突慳貪に言った。

   「ああ厭だ。もう髪を結うの止めた。あんたがよけいなこと言うから、あの人の墓参りを邪魔しちゃった」

   「墓で会いたくないって、君の意気地っ張りだろう」

   「あんたが私の気持を分らないのよ。後で暇があったら、髪を洗いに行きますわ。晩くなるかもしれないけれど、きっと行くわ」

   そして夜なかの三時であった。

   障子を押し飛ばすようにあける音で島村が目を覚ますと、胸の上へばったり駒子が長く倒れて、

   「来ると言ったら、来たでしょ。ねえ、来ると言ったら来たでしょ」と、腹まで波打つ荒い息をした。

   「ひどく酔ってんだね」

   「ねえ、来ると言ったら来たでしょ」

   「ああ、来たよ」

   「ここへ来る道、見えん。見えん。ふう、苦しい」

   「それでよく坂が登れたね」

   「知らん。もう知らん」と、駒子はうんと仰け反って転がるものだから、島村は重苦しくなって起上ろうとしたが、不意に起されたことゆえふらついて、また倒れると、頭が熱いものに載って驚いた。

   「火みたいじゃないか、馬鹿だね」

   「そう?火の枕、火傷するよ」

   「ほんとだ」と、目を閉じているとその熱が頭に沁み渡って、島村はじかに生きている思いがするのだった。駒子の激しい呼吸につれて、現実というものが伝わって来た。それはなつかしい悔恨に似て、ただもう安らかになにかの復讐を待つ心のようであった。

   「来ると言ったら来たでしょ」と、駒子はそれを一心に繰り返して、

   「これで来たから、帰る。髪を洗うのよ」

   そして這い上ると、水をごくごく飲んだ。

   「そんなんで帰れやしないよ」

   「帰る。連れがあんのよ。お湯道具、どこへ行った」

   島村が立ち上って電燈をつけると、駒子は両手で顔を隠して畳に突っ伏してしまった。

   「いやよ」

   元禄袖の派手なめりんすの袷に黒襟のかかった寝間着で伊達巻をしめていた。それで襦袢の襟が見えず、素足の縁まで酔いが出て、隠れるように身を縮めているのは変に可愛く見えた。

   湯道具を投げ出したとみえ、石鹸や櫛が散らばっていた。

   「切ってよ、鋏持って来たから」

   「なにを切るんだ」

   「それをね」と、駒子は髪のうしろへ手をやって、

   「うちで元結をきろうとしたんだけれど、手が言うことをきかないのよ。ここへ寄って切って貰おうと思って」

   島村は女の髪を掻き分けて元結を切った。ひとところがきれるたびに、駒子は髪を振り落としながら少し落ちついて、

   「今幾時頃なの」

   「もう三時だよ」

   「あら、そんな?地髪を切っちゃ駄目よ」

   「ずいぶん幾つも縛ってるんだね」

   彼の掴み取る髢の根の方がむっと温かかった」

   「もう三時なの?座敷から帰って、倒れたまま眠ったらしいわ。お友達と約束しといたから誘ってくれたのよ。どこへ行ったかと思ってるわ」

   「待ってるのか」

   「共同湯に入ってるわ、三人。六座敷あったんだけれど四座敷しか廻れなかった。来週は紅葉でいそがしいわ。どうもありがとう」と、解けた髪を梳きながら顔を上げると、眩しそうに含み笑いをして、

   「知らないわ、ふふふ、おかしいな」

   そして術なげに髢を拾った。

   「お友達に悪いからいくわね。帰りにはもう寄らないわ」

   「道が見えるか」   

   「見える」

   しかし裾を踏んでよろめいた。

   朝の七時と夜なかの三時と、一日に二度も異常な時間に暇を盗んで来たのだと思うと、島村はただならぬものが感じられた。

 

   紅葉を門松のように、宿の番頭達が門口へ飾りつけていた。観楓客の歓迎である。

   生意気な口調で指図しているのは、渡り鳥でさと自ら嘲るように言う臨時雇いの番頭だった。新緑から紅葉までの間を、ここらあたりの山の湯で働き、冬は熱海や長岡などの伊豆の温泉場へ稼ぎに行く、そういう男の一人である。毎年同じ宿に働くとは限らない。彼は伊豆の繁華な温泉場の経験を振り廻して、ここらの客払いの陰口ばかりきいていた。揉み手しながらしつっこく客を引くが、いかにも誠意のない物乞いじみた人相が現れていた。

   「旦那、あけびの実を御存じですか。召上るなら取って参りますよ」と、散歩帰りの島村に言って、彼はその実を蔓のまま紅葉の枝に結びつけた。

   紅葉は山から伐って来たらしく軒端につかえる高さ、玄関がぱっと明るむように色あざやかなくれないで、一つ一つの葉も驚くばかり大きかった。

   島村はあけびの冷たい実を握ってみながら、ふと帳場の方を見ると、葉子が炉端に坐っていた。

   おかみさんが銅壺で燗の番をしている。葉子はそれと向い合って、なにか言われるたびにはっきりうなずいていた。山袴も羽織もなしに、洗い張りしたばかりのような銘仙を着ていた。

   「手伝いの人?」と、島村がなにげなく番頭に訊くと、

   「はあ、お陰さまで、人手が足りないもんでございますから」

   「君と同じだね」

   「へえ。しかし、村の娘で、なかなか一風変っておりますな」

   葉子は勝手働きをしているとみえ、今まで客座敷へは出ないようだった。客がたてこむと、炊事場の女中達の声も大きくなるのだが、葉子のあの美しい声は聞こえなかった。島村の部屋を受け持つ女中の話では、葉子は寝る前に湯船のなかで歌を歌う癖があるということだったが、彼はそれも聞かなかった。

   しかし葉子がこの家にいるのだと思うと、島村は駒子を呼ぶことにもなぜかこだわりを感じた。駒子の愛情に彼に向けられたものであるにもかかわらず、それを美しい徒労であるかのように思う彼自身の虚しさがあって、けれどもかえってそれにつれて、駒子の生きようとしている命が裸の肌のように触れて来もするのだった。彼は駒子を哀れみながら、自らを哀れんだ。そのようなありさまを無心に刺し透かす光に似た目が、葉子にありそうな気がして、島村はこの女にも惹かれるのだった。

   島村が呼ばなくとも駒子はむろしげしげと来た。

   渓流の奥の紅葉を見に行くので、彼は駒子の家の前を通ったことがあったが、その時彼女は車の音を聞きつけて、今のは島村にちがいないと表へ飛び出てみたのに、彼はうしろを振り返りもしなかったのは薄情者だと言ったほどだから、彼女は宿へ呼ばれさえすれば、島村の部屋へ寄らぬことはなかった。湯に行くにも、道寄りした。宴会があると一時間も早く来て、女中が呼ぶまで彼のとこれで遊んでいた。座敷をよく抜け出して来ては、鏡台で顔を直して、

   「これから働きに行くの、商売気があるから。さあ、商売、商売」と、立って行った。

   撥入れだとか、羽織だとか、なにかしら持って来たものを、彼の部屋へ置いて帰りたがった。

   「昨夜帰ったら、お湯が沸いてないの。お勝手をごそごそやって、朝の味噌汁の残りを掛けて、梅干で食べたのよ。冷たあい、冷たあい。今朝うちで起こしてくれないのよ。目が覚めてみたら十時半、七時に起きて来ようと思ってたのに、無駄になったわ」

   そんなことや、どの宿からどの宿へ行ったという、座敷の模様をあれこれと報告するのだった。

   「また来るわね」と、水を呼んで立ち上りながら、

   「もう来んかもしれないわ。だって三十人のところへ三人だもの、忙しくて抜けられないの」

   しかし、また間もなく来て、

   「つらいわ。三十人の相手に三人しかないの。それが一番年寄りと一番若い子だから、私がつらいわ。けちな客、きっとなんとか旅行会だわ。三十人なら少なくとも六人いなければね。飲んでおどかして来るわね」

   毎日がこんな風では、どうなってゆくことかと、さすがに駒子は身も心も隠したいようであったが、そのどこか孤独の趣は、かえって風情をなまめかすばかりだった。

   「廊下が鳴るので恥ずかしいわ。そっと歩いても分るのね。お勝手の横を通ると、駒ちゃん椿の間かって、笑うんですよ。こんな気兼ねをするようになろうとは思わなかった」

   「土地が狭いから困るだろう」

   「もうみんな知ってるわよ」

   「そりゃいかんね」

   「そうね。ちょっと悪い評判が立てば、狭い土地はおしまいね」と言ったが、すぐ顔を上げて微笑むと、

   「ううん、いいのよ。私達はどこへ行ったって働けるから」

   その素直な実感の籠もった調子は、親譲りの財産で徒食する島村にはひどく意外だった。

   「ほんとうよ。どこで稼ぐのもおんなじよ。くよくよすることない」

   なにげない口ぶりなのだが、島村は女の響きを聞いた。

   「それでいいのよ。ほんとうに人を好きになれるのは、もう女だけなんですから」と、駒子は少し顔を赤らめてうつ向いた。

   襟を透かしているので、背から肩へ白い扇を拡げたようだ。その白粉の濃い肉はなんだが悲しく盛り上って、毛織物じみて見え、また動物じみて見えた。

   「今の世のなかではね」と、島村は呟いて、その言葉の空々しいのに冷っとした。

   しかし駒子は単純に、

   「いつだってそうよ」

   そして顔を上げると、ぼんやり言い足した。

   「あんたそれを知らないの?」

   背に吸いついている赤い肌襦袢が隠れた。

   ヴァレリイやアラン、それからまたロシア舞踊の花やかだった頃のフランス文人達の舞踊論を島村は翻訳しているのだった。小部数の贅沢本として自費出版するつもりである。今の日本の舞踊界になんの役にも立ちそうでない本であることが、かえって彼を安心させると言えば言える。自分の仕事によって自分を冷笑することは、甘ったれた。楽しみなのだろう。そんなところから彼の哀れな夢幻の世界が生まれるのかましれぬ。旅にまで出て急ぐ必要はさらにない。

   彼は昆虫どもの悶死するありさまを、つぶさに観察していた。

   秋が冷えるにつれて、彼の部屋の畳の上で死んでゆく虫も日ごとにあったのだ。翼の堅い虫はひっくりかえると、もう起き直れなかった。蜂は少し歩いて転び、また歩いて倒れた。季節の移るように自然と亡びてゆく、静かな死であったけれども、近づいて見ると脚や触覚を顫わせて悶えているのだった。それらの小さい死の場所として、八畳はたいへん広いもののように眺められた。

   島村は死骸を捨てようとして指で拾いながら、家に残して来た子供達をふと思い出すこともあった。

   窓の金網にいつまでもとまっていると思うと、それは死んでいて、枯葉のように散ってゆく蛾もあった。壁から落ちて来るのもあった。手に取ってみては、なぜこんなに美しく出来ているのだろうと、島村は思った。

   その虫除けの金網も取りはずされた。虫の声がめっきり寂れた。

   国境の山々は赤錆色が深まって、夕日を受けると少し冷たい鉱石のように鈍く光り、宿は紅葉の客の盛りであった。

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