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xiaoxiao的 心愿

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日志

 
 
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雪国(3)  

2010-08-11 13:11:41|  分类: 文著 |  标签: |举报 |字号 订阅

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「五月の二十三日ね」

   「そうか。日数を数えてたのか。七月と八月と大が続くんだよ」

   「ね、百九十九日目だわ。ちょうど百九十九日目だわ」

   「だけど、五月二十三日って、よく覚えてるね」

   「日記を見れば、すぐ分かるわ」  

   「日記?日記をつけてるの?」

   「ええ、古い日記を見るのは楽しみですわ。なんでも隠さずその通りに書いてあるから、ひとりで読んでいても恥かしいわ」

   「いつから」

   「東京でお酌に出る少し前から。その頃はお金が自由にならないでしょう。自分で買えないの。二銭か三銭の雑記帳にね、細かい罫を引いて、それが鉛筆を細く削ったと見えて、線がきれいに揃ってるんですの。そうして帳面の上の端から下の端まで、細かい字がぎっちり書いてあるの。自分で買えるようになったら、駄目。物を粗末に使うから。手習だって、元は古新聞に書いてたけれど、この頃は巻き紙へじかでしょう」

   「ずっと欠かさず日記をつけてるのかい」

   「ええ、十六の時のと今年のとが、一番面白いわ。いつもお座敷から帰って、寝間着に着替えてつけたのね。遅く帰るでしょう。ここまで書いて、中途で眠ってしまったなんて、今読んでも分かるところがあるの」

   「そうかねえ」

   「だけど、毎日毎日ってんじゃなく、休む日もあるのよ。こんな山の中だし、お座敷へ出たって、きまりきってるでしょう。今年はペエジごとに日付の入ったのしか買えなくて、失敗したわ。書き出せばどうしても長くなることがあるもの」

   日記の話よりもなお島村が意外の感に打たれたのは、彼女は十五、六の頃から、読んだ小説をいちいち書き留めておき、そのための雑記帳がもう十冊にもなったということであった。

   「感想を書いとくんだね?」

   「感想なんか書けませんわ。題と作者とそれから出て来る人物の名前と、その人達の関係と、それくらいのものですわ」

    「そんなものを書き止めといたって、しようがないじゃなか」

   「しようがありませんわ」

   「徒労だね」

   「そうですわ」と、女はこともなげに明るく答えて、しかしじっと島村を見つめていた。

   全く徒労であると、島村はなぜかもう一度声を強めようとしたとたんに、雪の鳴るような静けさが身にしみて、それは女に惹き付けられたのであった。彼女にとってはそれが徒労であろうはずがないとは彼も知りながら、頭から徒労だと叩きつけると、なにかかえって彼女の存在が純粋に感じられるのであった。

   この女の小説の話は、日常使われる文学という言葉とは縁がないもののように聞えた。婦人雑誌を交換して読むくらいしか、この村の人との間にそういう友情はなく、後は全く孤立して読んでいるらしかった。選択もなく、さほどの理解もなく、宿屋の客間などでも諸説や雑誌を見つける限り、借りて読むという風であるらしかったが、彼女が思い出すままに挙げる新しい作家の名前など、島村の知らないのが少なくなかった。しかし彼女の口ぶりは、まるで外国文学の遠い話をしているようで、無欲な乞食に似た哀れな響きがあった。自分が洋書の写真や文字を頼りに、西洋の舞踊を遥かに夢想しているのもこんなものであろうと、島村は思ってみた。

   彼女もまた見もしない映画や芝居の話を、楽しげ二しゃべるのだった。こういう話相手に幾月も飢えていた後なのであろう。百九十九日前の時も、こういう話に夢中になったことが、自ら進んで島村に身を投げかけてゆくはずみとなったのも忘れてか、またしても自分の言葉の描くもので体まで温まって来る風であった。

   しかし、そういう都会的なものへのあこがれも、今はもう素直なあきらめにつつまれて無心な夢のようであったから、都の落人じみた高慢な不平よりも、単純な徒労の感が強かった。彼女自らはそれを寂しがる様子もないが、島村の眼には不思議な哀れとも見えた。その思いに溺れたなら、島村自らが生きていることも徒労であるという、遠い感傷に落されて行くのであろう。けれども目の前の彼女は山気に染まって生き生きした血色だった。

   いずれにしろ、島村は彼女を見直したことにはなるので、相手が芸者というものになった今はかえって言い出しにくかった。

   あの時彼女は泥酔していて、痺れて立たぬ腕を歯痒いがって、

   「なんだこんなもの。畜生。畜生。だるいよ。こんなもの」と、肘に激しくかぶりついたほどであった。

   足が立たないので、体をごろん転がして、

   「決して惜しいんじゃないのよ。だけどそういう女じゃないの」と言った言葉も思い出されて来て、島村はためらっていると女はすばやく気づいて撥ね返すように、

   「零時の上りだわ」と、ちょうどその時間聞こえた気笛に立上って、思い切り乱暴に紙障子とガラス戸をあけ、手摺へ体を投げつけざま窓に腰かけた。

   冷気が部屋いちどきに流れ込んだ。汽車の響きは遠ざかるにつれて、夜風のように聞えた。

   「おい、寒いじゃないか。馬鹿」と、島村も立上って行くと風はなかった。

   一面の雪の凍りつく音が地の底深く鳴っているような、厳しい夜景であった。月はなかった。嘘のように多い星は、見上げていると、虚しい速さで落ちつつあると思われるほど、あざやかに浮き出ていた。星の群れが目へ近づいて来るにつれて、空はいよいよ遠く夜の色を深めた。国境の山々はもう重なりも見分けられず、そのかわりそれだけの厚さがありそうないぶした黒で、星空の裾に重みを垂れていた。すべて冴え静まった調和であった。

   島村か近づくのを知ると、女は手摺に胸を突っ伏せた。それは弱々しさではなく、こういう夜を背景にして、これより頑固なものはないという姿であった。島村はまたかと思った。

   しかし、山々の色は黒いにかかわらず、どうしたはずみかそれがまざまざと白雪の色に見えた。そうすると山々が透明で寂しいものであるかのように感じられて来た。空と山とは調和などしていない。

   島村は女の喉仏のあたりを摑んで、

   「風邪を引く。こんなに冷たい」と、ぐいとうしろへ起きそうとした。女は手摺にしがみつきながら声をつまらせて、

   「私帰るわ」

   「帰れ」

   「もうしばらくこうさしといて」  

   「それじゃ僕はお湯に入って来るよ」

   「いやよ。ここにいなさい」

   「窓をしめてくれ」

   「もうしばらくこうさしといて」

   村は鎮守の杉林の陰に半ば隠れているが、自動車で十分足らずの停車場の燈火は、寒さのためびいんびいんと音を立てて毀れそうに瞬いていた。

   女の頬も、窓のガラスも、自分のどてらの袖も、手に触るものは皆、島村にはこんな冷たさは初めてだと思われた。

   足の下の畳までが冷えて来るので、一人で湯に行こうとすると、

   「待ってください。私も行きます」と、今度は女が素直について来た。

   彼の脱ぎ散らすものを女が乱れ籠に揃えているところへ、男の泊り客が入って来たが、島村の胸の前へすくんで顔を隠した女に気がつくと、

   「あっ、失礼しました」

   「いいえ、どうぞ。あっちの湯へ入りますから」と、島村はとっさに行って裸のまま乱れ籠を抱えて隣の女湯の方へ行った。女はむろん夫婦面でついて来た。島村は黙って後も見ずに温泉へ飛び込んだ。安心して高笑いがこみ上げて来るので、湯口に口をあてて荒っぽく嗽いをした。

   部屋に戻ってから、女横にした首を軽く浮かして鬢を小指で持ち上げながら、

   「悲しいわ」と、ただひとこと言っただけであった。

   女が黒い眼を半ば開いているのかと、近々のぞきこんでみると、それは睫毛であった。

   神経質な女は一睡もしなかった。              

   固い女帯をしごく音で、島村は目が覚めたらしかった。

   「早く起きして悪かったわ。まだ暗いわね。ねえ、見て下さらない?」と、女は電燈を消した。

   「私の顔が見える?見えない?」

   「見えないよ。まだ夜が明けないじゃないか」

   「嘘よ。よく見て下さらなければ駄目よ。どう?」と、女は窓を明け放して、

   「いけないわ。見えるわね。私帰るわ」

   明け方の寒さに驚いて、島村が枕から頭を上げると、空はまだ夜の色なのに、山はもう朝であった。

   「そう、大丈夫。今は農家が暇だから、こんなに早く出歩く人はないわ。でも山へ行く人があるかしら」と、ひとりごとを言いながら、女は結びかかった帯をひきずって歩き、

   「今の五時の下りでお客がなかったわね。宿の人はまだまだ起きないわ」

   帯を結びおわってからも、女は立ったり坐ったり、そうしてまた窓の法ばかり見て歩き廻った。それは夜行動物が朝を恐れて、いらいら歩き廻るような落ち着きのなさだった。妖しい野性がたかぶって繰るさまであった。

   そうするうちに部屋のなかまで明るんで来たか、女の赤い頬が目立ってきた。島村は驚くばかりあざやかな赤い色に見とれて、

   「頬っぺたが真赤じゃないか、寒くて」

   「寒いじゃないわ。白粉を落したからよ。私は寝床へ入るとすぐ、足の先までぽっぽして来るの」と、枕もとの鏡台に向って、

   「とうとう明るくなってしまったわ。帰りますわ」

   島村はその方を見て、ひょっと首を縮みた。鏡の奥が真っ白に光っているのは雪である。その雪のなかに女の真赤な頬が浮んでいる。なんともいえぬ清潔な美しさであった。

   もう日が昇るのか、鏡の雪は冷たく燃えるような輝きを増して来た。それにつれて雪に浮ぶ女の髪もあざやかな紫光りの黒を強めた。

   

   雪を積もらせぬためであろう、湯舟から溢れる湯を俄かづくりの溝で宿の壁沿いにめぐらせてあるが、玄関先で浅い泉水のように拡がっていた。黒く逞しい秋田犬がそこの踏石に乗って、長いこと湯を舐めていた。物置から出して来たらしい、客用のスキイが干し並べてある、そのほのかな黴の匂いは、湯気で甘くなって、杉の枝から共同湯の屋根に落ちる雪の塊も、温かいもののように形が崩れた。

   やがて年の暮から正月になれば、あの道が吹雪で見えなくなる。山袴にゴムの長靴、マントにくるまり、ヴェエルをかぶって、お座敷へ通わねばならぬ。その頃の雪の深さは一丈もある。そう言って、丘の上の宿の窓から、女が夜明け前に見下ろしていた坂道を、島村は今下りて行くのであったけれども、道端に高く干した襁褓の下に、国境の山々が見えて、その雪の輝きものどかであった。青い葱はまだ雪に埋もれてはいなかった。

   田圃で村の子供がスキイに乗っていた。

   街道の村へ入ると、静かな雨滴のような声が聞えていた。

   軒端の小さい氷柱が可愛く光っていた。

   屋根の雪を落す男を見上げて、

   「ねえ、ついでにうちの少し落してくれない?」と、湯帰りの女が眩しそうに濡れ手拭で額を拭いた。スキイ季節を目指して早くも流れこんで来た女給であろう。隣家はガラス窓の色絵も古び、屋根のゆがんだカフエであった。

   たいていの家の屋根は細かい板で葺いて、上に石が置き並べてある。それらの円い石は日のあたる半面だけ雪のなかに黒い肌を見せているが、その色は湿ったというよりも永の風雪にさらされた黒ずみのようである。そして家々はまたその石の感じに似た姿で、低い家並みが北国らしくじっと地に伏したようであった。

   子供の群が溝の氷を抱き起こして来ては、道に投げて遊んでいた。脆く砕け飛ぶ際に光るのが面白いのだろう。日光のなかに立っていると、この氷の厚さが嘘のように思われて、島村はしばらく眺め続けた。

   十三、四の女の子が一人石垣にもたれて、毛糸を編んでいた。山袴に高下駄を履いていたが、足袋はなく、赤らんだ素足の裏に皸が見えた。傍の粗朶の束に乗せられて、三歳ばかりの女の子が無心に毛糸の玉を持っていた。小さい女の子から大きい女の子へ引っぱられる一筋の灰色の古毛糸も暖かく光っていた。

   七、八軒先のスキイ制作所から鉋の音が聞える。その反対側の軒陰に芸者が五、六人立話をしていた。今朝になって宿の女中からその芸名を聞いた駒子もそこにいそうだと思うと、やっぱり彼女は彼の歩いて来るのを見ていたらしく、一人生真面目な顔つきであった。きっと真赤になるにきまっている、なにげないを装ってくれるようにと、島村が考える暇もなく、駒子はもう喉まで染めてしまった。それなら後向きになればいいのに、窮屈そうに眼を伏せながら、しかも彼の歩みにつれて、その方へ少しずつ顔を動かしてくる。

   島村も頬が火照るようで、さっさと通り過ぎると、すぐ駒子が追っかけて来た。

   「困るわ、あんなとこお通りになっちゃ」

   「困るって、こっちこそ困るよ。あんなに勢揃いしてられると、恐ろしくて通れんね。いつもああかい」

   「そうね、おひる過ぎわ」

   「顔を赤くしたり、ばたばた追っかけて来たりすれば、なお困るじゃないか」

   「かまやしない」と、はっきり言いながら駒子はまた赤くなると、その場に立ち止ってしまって、道端の柿の木につかまった。

   「うちへ寄っていただこうと思って、走ってきたんですわ」

   「君の家がここか」

   「ええ」

   「日記を見せてくれるなら、寄ってもいいね」

   「あれは焼いてから死ぬの」

   「だって君の家、病人があるんだろう」

   「あら。よく御存知ね」

   「昨夜、君も駅へ迎えに出てたじゃないか、濃い青のマントを着て。僕はあの汽車で、病人のすぐ近くに乗って来たんだよ。実に真剣に、実に親切に、病人の世話をする娘さんが付き添ってたけど、あれ細君かね。ここから迎えに行った人?東京の人?まるで母親みたいで、僕は感心して見てたんだ」

   「あんた、そのこと昨夜どうして話さなかったの。なぜ黙ってたの」と、駒子は気色ばんだ。

   「細君かね」

   しかしそれには答えないで、

   「なぜ昨夜話さなかったの。おかしなひと」

   島村は女のこういう鋭さを好まなかった。けれども女をこんな風に鋭くするわけは、島村にも駒子にもないはずだと思われるので、それでは駒子の性格の現われかとも見られたが、とにかく繰り返して突っ込まれると、彼は急所にさわられたような気はして来るのであった。今朝山の雪を写した鏡のなかに駒子を見た時も、むろん島村は夕暮れの汽車の窓ガラスに写っていた娘を思い出したのだったのに、なぜそれを駒子に話さなかったのだろうか。

   「病人がいたっていいですわ。私の部屋へは誰も上って来ませんわ」と、駒子は低い石垣のなかへ入った。

   右手は雪をかぶった畑で、左には柿の木が隣家の壁沿いに立ち並んでいた。家の前は花畑らしく、その真中の小さい蓮池の氷は縁に持ち上げてあって、緋鯉が泳いでいた。柿の木の幹のように家も朽ち古びていた。雪の斑な屋根は板が腐って軒に波を描いていた。

   土間へ入ると、しんと寒くて、なにも見えないでいるうちに、梯子を登らせられた。それはほんとうに梯子であった。上の部屋もほんとうに屋根裏であった。

   「お蚕さまの部屋だったのよ。驚いたでしょう」

   「これで、酔って払って帰って、よく梯子を落ちないね」  

   「落ちるわ。だけどそんな時は下の火燵に入ると、たいていそのまま眠ってしまいますわ」と、駒子は火燵蒲団に手を入れてみて、火と取りに立った。

   島村は不思議な部屋のありさまを見廻した。低い明かり窓が南に一つあるきりだけれども、桟の目の細かい障子は新しく貼り替えられ、それに日射しが明るかった。壁にもたんねん半紙が貼ってあるので、古い紙箱に入った心地だが、頭の上は屋根裏がまる出しで、窓の方へ低まって来ているものだから、黒い寂しさがかぶさったようであった。壁の向側はどうなってるのだろうと考えると、この部屋が宙に吊るさっているような気がして来て、なにか不安であった。しかし、壁や畳は古びていながら、いかにも清潔であった。

   蚕のように駒子も透明な体でここに住んでいるかと思われた。

   置火燵には山袴とおなじ木綿縞の蒲団がかかっていた。箪笥は古びているが、駒子の東京暮しの名残りか、柾目のみごとな桐だった。それと不似合に粗末な鏡台だった。朱塗の裁縫箱がまた贅沢なつやを見せていた。壁に板を段々に打ちつけたのは、本箱なのであろう、めりんすのカアテンが垂らしてあった。

   昨夜の座敷着が壁にかかって、襦袢の赤い裏を開いていた。

   駒子は十能を持って、器用に梯子を上ってくると、

   「病人の部屋からだけれど、火はきれいだって言いますわ」と、結いたての髪を伏せながら、火燵の灰を掻き起こして、病人は腸結核で、もう故郷へ死にに帰ったのだと話した。

   故郷とはいえ、息子はここで生れたのではない。ここは母の村なのだ。母は港町で芸者を勤め上げた後も、踊の師匠としてそこにとどまっていたが、まだ五十前で中風をわずらい、療養かたがたこの温泉へ帰って来た。息子は小さい時から機械が好きで、せっかく時計屋に入っていたから、港町に残して置いたところ、間もなく東京に出て、夜学に通っていたらしい。体の無理が重なったのだろう。今年二十六という。

   それだけを駒子は一気に話したけれども、息子を連れて帰った娘がなにものであるか、どうして駒子がこの家にいるのかというようなことには、やはり一言も触れなかった。

   しかしそれだけでも、宙に吊るされたようなこの部屋の工合では、駒子の声が八方へ洩れそうで、島村は落ちついていられなかった。

   門口を出しなに、ほの白いものが眼について振り返ると、桐の三味線箱だった。実際よりも大きく長いものに感じられて、これを座敷へ担いで行くなんて嘘のような気がしていると、煤けた襖があいて、

   「駒子ちゃん、これを跨いじゃいけないの?」

   澄み上って悲しいほど美しい声だった。どこかから木魂が返ってきそうであった。

   島村は聞き覚えている、夜汽車の窓から雪のなかの駅長を呼んだ、あの葉子の声である。

   「いいわ」と、駒子が答えると、葉子は山袴でひょいと三味線を跨いだ。ガラスの尿瓶をさげていた。

   駅長と知合いらしい昨夜の話しぶりでも、この山袴でも、葉子がここらあたりの娘なことは明らかだが、派手な帯が半ば山袴の上に出ているので、山袴の蒲色と黒とのあらい木綿縞はあざやかに引き立ち、めりんすの長い袂も同じわけでなまめかしかった。山袴の股は膝の少し上で割れているから、ゆっくり膨らんで見え、しかも硬い木綿が引き締まって見え、なにか安らかであった。

   しかし葉子はちらっと刺すように島村を一目見ただけで、ものも言わずに土間を通り過ぎた。

   島村は表に出てからも、葉子の目つきが彼の額の前に燃えていそうでならなかった。それは遠いともし火のように冷たい。なぜならば、汽車の窓ガラスに写る葉子の顔を眺めているうちに、野山のともし火がその彼女の顔の向うを流れ去り、ともし火と瞳とが重なって、ぽうっと明るくなった時、島村はなんともいえぬ美しさに胸が顫えた、その昨夜の印象を思い出すからであろう。それを思い出すと、鏡のなかいっぱいの雪のなかに浮んだ、駒子の赤い頬も思い出されてくる。

   そうして足が早くなった。小肥りの白い足にかかわらず、登山を好む島村は山を眺めながら歩くと放心状態となって知らぬうちに足が早まる。いつでもたちまち放心状態に入りやすい彼にとっては、あの夕景色の鏡や朝雪の鏡が、人工のものとは信じられなかった。自然のものであった。そして遠い世界であった。

   今出て来たばかりの駒子の部屋までが、もうその遠い世界のように思われる。そういう自分にさすが驚いて、坂を登りつめると、女按摩が歩いていた。島村はなにかつかまえるように、

   「按摩さん、揉んでもらえないかね」

    「そうですね。今何時ですかしら」と、竹の杖を小脇に抱えると、右手で帯の間から蓋のある懐中時計を出して、左の指先で文字盤をさぐりながら、

   「二次三十五分過ぎでございますね。三時半に駅の向うへ行かんなりませんけれども、少し遅れてもいいかな」

   「よく時計の時間が分かるね」

   「はい、ガラスが取ってございますから」

   「さわると字が分かるかね」

   「字は分かりませんけれども」と、女持ちには大きい銀時計をもう一度出して蓋をあけると、ここが十二時ここが六時、その真中が三時という風に指で抑えて見え、

   「それから割り出して、一分までは分からなくても、二分とはまちがいません」

   「そうかね。坂道なんか辷らないかね」

   「雨が降れば娘が迎えに来てくれます。夜は村の人を揉んで、もうここへは登って来ません。亭主が出さないのだと、宿の女中さんが言うからかないませんわ」

   「子供さんはもう大きいの?」

   「はい。上の女は十三になります」などと話しながら部屋に来て、しばらく黙って揉んでいたが、遠い座敷の三味線の音に首を傾けた。

   「誰かな」

   「君は三味線の音で、どの芸者か皆分かるかい」

   「分かる人もあります。分からんのもあります。旦那さん、ずいぶん結構なお身分で、柔らかいお体でございますね」

   「凝ってないだろう」

   「凝って、首筋が凝っております。ちょうどよい工合に太ってらっしゃいますが、お酒は召し上がりませんね」

   「よく分かるな」

   「ちょうど旦那さまと同じような姿形のお客さまを、三人を知っております」

   「至極平凡な体だがね」

   「なんでございますね、お酒を召し上がらないと、ほんとうに面白いということがございませんね、なにもかも忘れてしまう」

   「君の旦那さんは飲むんだね」

   「飲んで困ります」

   「誰だか下手な三味線だね」

   「はい」

   「君は弾くんだろう」

   「はい。九つの時から二十まで習いましたけれど、亭主を持ってから、もう十五年も鳴らしません」

   盲は年より若く見えるものであろうかと島村は思いながら、

   「小さい時に稽古したのは確かだね」

   「手はすっかり按摩になってしまいましたけれど、耳はあいております。こうやって芸者衆の三味線を聞いてますと、じれったくなったりして、はい、昔の自分のような気がするんでございましょうね」と、また耳を傾けて、

   「井筒屋のふみちゃんかしら。一番上手な子と一番下手な子は、一番よく分かりますね」

   「上手な人もいるかい」

   「駒子ちゃんという子は、年が若いけれど、この頃達者になりましたねえ」

   「ふうん」

   「旦那さん、御存知なんですね。そりゃ上手と言っても、こんな山ん中でのことですから」

   「いや知らないけれど、師匠の息子が帰るのと、昨夜同じ汽車でね」

   「おや、よくなって帰りましたか」

   「よくないようだったね」

   「はあ?あの息子さんが東京で長患いしたために、その駒子という子がこの夏芸者に出てまで、病院の金を送ったそうですが、どうしたんでしょう」

   「その駒子って?」

   「でもまあ、尽すだけ尽しておけば、いいなずけだというだけでも、後々までねえ」

   「いいなずけって、ほんとうのことかね」

   「はい。いいなずけだそうでございますよ。私は知りませんが、そういう噂でございますね」

   「温泉宿で女按摩から芸者の身の上を聞くとは、あまりに月並で、かえって思いがけないことであったが、駒子がいいなずけのために芸者に出たというのも、あまりに月並な筋書で、島村は素直にのみこめぬ心地であった。それは道徳的な思いに突きあったせいかもしれなかった。

   彼は話に深入りして聞きたく思いはじめたけれども、按摩は黙ってしまった。

   駒子が息子のいいなずけだとして、葉子が息子の新しい恋人だとして、しかし息子はやがて死ぬのだとすれば、島村の頭にはまた徒労という言葉が浮んで来た。駒子がいいなずけの約束を守り通したことも、身を落してまで療養させたことも、すべてこれ徒労でなくなんであろう。

   駒子に会ったら、頭から徒労だと叩きつけてやろうと考えると、またしても島村にはなにかかえって彼女の存在が純粋に感じられて来るのだった。

   この虚偽の麻痺には、破廉恥な危険が匂っていて、島村はじっとそれを味わいながら、按摩が帰ってからも寝転んでいると、胸の底まで冷えるように思われたが、気がつけば窓を開け放したままなのであった。

   山峡は日陰となるのが早く、もう寒々と夕暮色が垂れていた。そのほの暗さのために、まだ西日が雪に照る遠くの山々はすうっと近づいて来たようであった。

   やがて山それぞれの遠近や高低につれて、さまざまの襞の陰を深さて行き、峰にだけ淡い日向を残す頃になると、頂の雪の上は夕焼空であった。

   村の川岸、スキイ場、社など、ところどころに散らばる杉木立が黒々と目立ち出した。

   島村は虚しい切なさに曝されているところへ、温かい明かりのついたように駒子が入って来た。

 

スキイ客を迎える準備の相談会がこの宿にある。その後の宴会に呼ばれたと言った。火燵に入ると、いきなり島村の頬を撫で廻しながら、

   「今夜は白いわ。変だわ」

   そして揉むつぶすように柔らかい頬の肉を摑んで、

   「あんたは馬鹿だ」

   もう少し酔っているらしかったが、宴会を終えてきた時は、

   「知らん。もう知らん。頭痛い。頭痛い。ああ、難儀だわ、難儀」と、鏡台の前に崩れ折れると、おかしいほど一時に酔いが顔へ出た。

   「水飲みたい、水ちょうだい」

   顔を両手で抑えて、髪の壊れるのもかまわずに倒れたが、やがて坐り直してクリイムで白粉を落すと、あまりに真赤な顔が剥き出しになったので、駒子も自分ながら楽しげに笑い続けた。面白いほど早く酒が醒めて来た。寒そうに肩を顫わせた。

   そして静かな声で、八月いっぱい神経衰弱でぶらぶらしていたなどと話し始めた。

   「気ちがいになるのかと心配だったわ。なにか一生懸命に思いつめてるんだけれど、なにを思いつめてるか、自分によく分からないの。怖いでしょう。ちっとも眠れないし、それでお座敷へ出た時計だけしゃんとするのよ。いろんな夢を見たわ。御飯もろくに食べられないものね。畳へね、縫針を突き刺したり抜いたり、そんなこといつまでもしてるのよ、暑い日中にさ」

   「芸者に出たのは何月」

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